野良猫のように拾われた、決して過去を振り返らない娘が、明日の太陽を仰ぎ見る。ボタンと命名されたブルドッグが、２１世紀のために大鼾をかいて２０世紀を眠る。エイズに蝕まれてゆく若者が、奇跡と破滅の両方に期待を込めて秘湯へ通う。いくら生きても生き足りない出戻り女が、親を棄て、わが子を棄て、自分さえも棄てて墜落の道をひた走る。生殺しの病院を抜け出し、愛馬と共に生地へ逃げ帰った老人が、手造り豆腐を売り歩きながら、ひそかに死に時を窺う。取るに足らないものであり、掛け替えのないものである人々の命を巡って、運命の川“宿り川”が今日もまた滔々と流れる。動かずにいられない者と、動くに動けない者が、思わず知らず口ずさむ、猛々しくも物悲しい「逃げ歌」。一寸先の新世紀に駆け込めるのは誰か。書下ろし長篇。