ヴェニスの船着き場で水上バスを降りようとしていたパトリックは、船が着くのを待つ人々の中にある顔を見つけて愕然とした。アントニア・カボット。僕は彼女のせいで辛酸をなめさせられたのだ。二年前、パトリックがたまたま彼女と顔を合わせたパーティーの夜、彼女は近くの浜でレイプ未遂事件にあった。そして、あろうことかパトリックを犯人だと警察に名指ししたのだ。数日後、真犯人がつかまり、彼は無罪放免となったが、仕事も友人も、世間の信用までも失いかけた心の痛手は大きかった。二年間、決して忘れることのできなかった、恨み重なる相手。だが、あれほど光り輝いていた彼女なのに、この変わりようは…。そう思った瞬間、彼女ははっと彼に気づき、身を翻して駆け出した。