サスキアがミラノのドメニコの家を飛び出したのは二年前。明晰な理性を持つドメニコは、妻のサスキアにも完璧さを求めた。私は彼のように権力のある男性にふさわしい妻じゃない。自分の弱さや欠点を思い知らされた彼女はイギリスに逃げ戻り、園芸センターで職を得て必死に働き始めたのだった。ある日、経営者からイタリアの庭園を視察するツアーに誘われ、彼女は参加することにした。二年もたっているから大丈夫。ところが、最後の滞在地ヴェネツィアで訪れたオペラ劇場に、ドメニコがいたのだ。彼のそばには相変わらずボディガードがいる。サスキアは身震いした。つかまったら、ただではすまないわ。第一幕が終ると同時に、彼女は人込みを縫うように出口へ走った。